【エンジニア連載】はじめに
前回の記事を書いたのは夏真っ只中でしたが、気づけばもう寒さが身に染みる季節になりました。毎年「時間が経つのは早い」と口にしていますが、もはやそれは感覚ではなく、事実のように思えます。
さて今回の記事では、最近の業務を通して強く感じた「伝えることの難しさ」について、語らせていただこうと思います。 私は現在、社内の競合調査資料を改善する業務に取り組んでいます。私のミッションは、他社の動きや特徴を整理し、今後の判断材料となる競合調査の資料を「見やすく」「誰でも使いやすい形」に整えることでした。
作業を進める中で痛感したのは「自分が分かりやすいもの」と「他人が分かりやすいもの」は全く別物である、ということです。自分にとって分かりやすい資料は、無意識のうちにすでに内容を知っていることを前提にしてしまっています。しかし、その資料を初めて目にする人や、今後運用していく人にとっては、私の頭の中にある意図までが自然と伝わるわけではありません。
本当に必要なのは、情報をただ並べることではなく、誰が見ても迷わず理解できる形に整えることでした。「この情報はなぜ必要なのか」「どう使うのか」が自然と伝わる構成を練り直す作業は、想像以上に困難なものでした。 また、改善の過程で社員の方々から意見をいただくたびに、「自分にとっての当たり前は、相手にとっての当たり前ではない」という事実も突きつけられました。
丁寧に伝えたつもりでも、想定していなかった箇所で質問が出る。そのたびに「まだ伝わりきっていないのだ」と思い知らされる日々でした。制作物について一番詳しいのは、他でもない自分です。だからこそ、意識的に初めて見る人の視点に立ち、「ここで迷わないか」「この言葉で通じるか」と一つひとつ確認する姿勢の大切さを学びました。
この経験を通して私は、「伝える」とは単に情報を渡すことではないと感じるようになりました。相手が何を知らず、何を知りたいのかを考え抜くこと。それこそが、本当の意味での「伝える」ことなのだと思います。
そしてこの考え方は、生成AIを使う場面にも当てはまるのではないかと考えました。生成AIに質問した際、思い通りの答えが返ってこないと、つい不満を感じてしまうことがあります。しかし、生成AIは決して万能な存在ではありません。だからこそ、「どのような前提があり、何を知りたいのか」を自分の中で整理し、言葉にして明確に伝えることが重要になります。このプロセスそのものが、実は私たちの「伝える力」を磨く練習になっているのだと感じています。
「相手に理解してもらうために、どこまで相手の立場を考えられるか」
その姿勢が、人に対してもAIに対しても、結果を大きく左右するのだと思います。
実は今、私は就職活動の面接に苦手意識を持っています。しかしそれは、「自分という存在をどのように伝えるか」を、まだ十分に考え抜けていないからなのだと、少しずつ分かってきました。 それでも、そこで「もう十分だ」と思考を止めてしまうことは、「伝える」努力を放棄することと同じかもしれません。相手の視点に立って考え抜き、自分を客観的に見つめ、決して慢心しないこと。「伝える」ことは確かに難しいですが、段階を踏んで取り組むからこそ、上達のための工夫や手法も見つかるはず。私はそう前向きに捉えています。
少々真面目なお話が続いてしまったので、最後に最近のマイブームを。 シール帳交換にあやとり、ビーズアート。最近は、すっかり「平成女児カルチャー」を満喫しています。
申し遅れました。ワタクシ、カンマオです。 さて、この文章で、私の想いはどのくらい「伝える」ことができているのでしょうか。いつか、私の頭の中がまるごと誰かに伝わるような、そんな日が来るのでしょうかね。




